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任天堂、岩田社長の関連記事をひたすら読み返したので、ついでにまとめ

ゲーキャスは個人が会社仕事しつつ運営している小さなブログだ。
そんなブログではあるが、任天堂の岩田社長と話すことが1つの夢として存在した。

ゲームメディアの役割にはゲーム人口の維持と拡大がある思っていて(ゲーキャスにはスマホのコアゲーマー人口の拡大と、基本無料に飽きたプレイヤーを引き留める受け皿というテーマが一応ある)、そういった中で「ゲーム人口の拡大を基本方針」とする任天堂の話しはいつか訊いてみたかった。

岩田社長が亡くなった今、その夢はかなわない。その反動でネットの記事をひたすら読みあさっている。
自分1人で読むよりも共有した方が良さそうなので、読んだものをまとめておく。

04
Nintendo Direct リンク集
任天堂の情報を、正確に直接とどけるために作られた(おそらく、2chまとめ系の煽りやデマを避けるため)と思われるNintendo Direct。
何がすごいかって、動画の中での岩田さんの親しみやすさったらなかった。
動画を見ているうちに、すっかり岩田さんのファンになってしまった。

Nintendo Directには、情報を届ける以上の価値があったと思う。

社長が訊く リンク集
技術者であり、社長であった岩田さんだからこそ、このコーナーはあったように思います。
開発者視点を持つ人間が、開発者に話を聞く。
毎回楽しみなコーナーでした。

ほぼ日刊イトイ新聞の記事は、量・質ともにすごい。
任天堂の岩田社長が遊びに来たので、みんなでご飯を食べながら話を聞いたのだ。
まず読みたい記事。
「アイデアというのは
 複数の問題を一気に解決するものである」

ほぼ日刊イトイ新聞 - 社長に学べ!

宮本茂はどういうふうに構造をつくっていくのか。 - 樹の上の秘密基地
ピクミン3の話。

『MOTHER2』ふっかつ記念対談 はじめてのひとも、もういちどのひとも。
いまあるものを活かしながら 手直ししていく方法だと2年かかります。
イチからつくり直していいのであれば、半年でやります
MOTHER2の伝説。岩田さんがいなければ、MOTHER2は出なかったか、違う形で出たのかもしれない。

適切な大きさの問題さえ生まれれば。
主体的に時間を使わない限り、 人生はすぐに終わってしまう。
魂を燃やして仕事をするのだ。。。

星空の下の仕事観。
ゲームではなく仕事観。

ほぼ日刊イトイ新聞 - 自分の健康について 考える道具。
今思うと、健康系が多かったのは自分の体調が悪いところに何かあったのかも。

"岩田聡さんのコンテンツ。 - ほぼ日刊イトイ新聞"
と思ったら、いつの間にかまとめが出ていた。

4gamerにも
任天堂・岩田氏をゲストに送る「ゲーマーはもっと経営者を目指すべき!」最終回 - 4Gamer.net
ゲームを遊びながらワイワイやってる様子を見ているとね。彼らがちゃんと,自分の体験として,自分の身体感覚としてそのゲームを語っているのが分かるんですね。それを見ると「ああ,僕らのお客さんって,こういうところにいるんだ」っていうのが感じられるんです
ゲームのシステムが良いとか理屈をこねるよりも、何かしたら面白そうにしているシーンを見せつけた方が良いのかもしれない。
記事を書くとき、最近はそう感じることが多くて、これに思うことはある。


その他
岩田社長の逝去に思う:小鳥ピヨピヨ
任天堂に誘われた辣腕編集者の追悼記事。
企画自体はなくなったらしいが、もし彼が書いていたらどんなものを任天堂のプラットフォームに載せていたのだろうか。

YOOT.COM: 岩田さん、ありがとうございました。そして、さようなら。
シーマンの斉藤由多加さんの追悼記事。
なんと、岩田社長と秘密の実験をしていたらしい。

任天堂社長・岩田さんの新入社員時代にいっしょに作ったDTMソフト : 藤本健の“DTMステーション”
2011年の記事。ただ、岩田さんのすごさは容易に理解できる。
取締役技術部長となった岩田さんは、私にとってはまさに尊敬する大先輩でした。その技術力のすごさ、頭の良さを目の当たりにして、「自分はエンジニアには向かない」と確信したのも岩田さんのおかげですね。

追悼:任天堂 岩田聡社長 HAL研究所の天才新入社員と高校2年生の思い出 by 藤本健 - 週刊アスキー
そして、新たに追悼の思い出記事として。

ユーズド・ゲームズの岩田社長の記事が特別公開されています


夕刊フジ(84年1月14日)に岩田社長の記事が

書籍


以下、見つけて読んだら共有。