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遊ぶほどにつらくなる。ナチスの優勢人種生産施設で産まれた子供を育てるゲーム『マイ・チャイルド・レーベンスボルン』レビュー

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やっと、ゲームが終わってくれた。
エンディングに到達してやってきたのは、達成感でも感動でもなく、安堵だった。

第二次世界大戦中、ナチスが掲げた人種差別の方針のもとでユダヤ人が迫害・虐殺された歴史は日本でもよく知られている。私自身、課題図書で『アンネの日記』手に取り、つらさを噛みしめつつ読んだ経験は今でも思い出せる。
だが、それと対極に位置する“ドイツ民族を増やす”政策があり、これが悲惨な結果をもたらしたことはあまり知られていない。
『マイ・チャイルド・レーベンスボルン』は、その政策がもたらした悲劇を描き、プレイヤーに強烈に伝えるゲームだ。
タイトルにもある“Lebensborn(レーベンスボルン)”は、ナチスが優勢人種として定めたドイツ民族(※ここでいうドイツ民族とは、現在のドイツ人ではなくナチスが定めたもの)を増やすために作られた福祉施設である。
ナチスが推奨する人種の出産を奨励し、レーベンスホルンという福祉施設で出産・教育・養子縁組まで面倒をみることで将来を担うエリートを増やす……それがナチスの構想であったが、皆さんがご存知の通りそうはならなかった。
第二次世界大戦でドイツは敗北し、レーベンスホルンは放棄されたのだ。
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ゲームならそこで物語は終わるが、現実は違う。
レーベンスボルンには多くの子供がいた。とくにノルウェーには最大となる10棟ものレーベンスボルンが設置されており、12,000人以上の子供が生まれていた。
ノルウェーでは望まぬ形で子供を産んだ女性も多く、子供の多くは親に引き取られずに育てられ、ナチスへの報復感情から“売国奴の子”などと言われ差別を受けた。
本作において、プレイヤーはレーベンスボルンで生まれた子供の里親となり、彼らの受けた差別を学ぶこととなる。
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▲カリンかクラウス、どちらか1人を養子にできる。

本作は、よくできた“子供とふれあい子育てシミュレーター”を基礎としている。
プレイヤーのやることは、1日最大4回の行動を利用して食事を与えたり、子供と遊び、体を洗ってやること。
これによって、満腹度・清潔度・幸福度の3つを高い状態で保てばゲームは問題なく進行する。
こう書くといかにもシステマチックに聞こえるが、遊んでみると心が揺さぶられる良い体験であった。
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「寝る前に本を読んでほしい」
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「一緒に絵を描きたい」
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そんな願いをかなえるたび子供は喜び、だんだんと心を開いてくれる。
その姿が嬉しくて、何度もボール遊びしたり、外出したり、調理したりしてしまう。
Live 2D で動く無邪気な子供の様子、メッセージも絶妙でいい。
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そして、だからこそツライ。
本作は差別を追体験するためのゲームだ。つまり、この幸せの後には不幸が待ってる。
このまま何も起きないで欲しいとすら思ったが、子供が成長して学校が始まるとすぐ現実が牙をむく。
仕事を終えて帰ってくると、プレイヤーを待っているのは学校でいじめを受けた子供だ。学校で「無視された」とか「先生に差別された」とか、毎回異なる内容が報告される。
そして、その内容はひたすらエスカレートする。

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▲「売国奴の子ってなに?」これを聞かれて、どう答えればいいのか。

子供との幸せを確認するためにあったシステムも牙をむき、プレイヤーを追い立てる。
お絵かきをしたいと言われて一緒に遊べば、そこにあるものは黒く塗りつぶされた絵。
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お風呂で体を洗ってやろうとすると、体に傷跡があることに気づかされる。
しかし、プレイヤーにはアドバイスを与えたり、学校に宛てた手紙を書くことしかできない。
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何も有効な対処ができないなかで、学校に行きたがらない子供になにを言ってやればいいのか。
学校が始まり、子供が社会と接点を持った瞬間から悩む日々が始まる。
「なぜ、学校でいじめられるの?」
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プレイヤーはもちろん知っている。しかし、子供に対してなんと説明すればいいのか!
「かつてナチスが進軍してきてノルウェーを荒らして、オマエはそのナチスの政策で生まれた子供なんだよ」なんて告げられるものか。
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しかし、ここで上手に子供と接することができなければ、親としての信頼を失ってしまう。
ゲーム中盤以降は常に悩み、苦しむ子育てが続く。
正直に伝えるが、私は本作を終える前、つらくなって何度もプレイを中断した。
レーベンスボルンの存在を知って、その影響を目の当たりにした驚きはあるが、何よりも自分が体験しようもない強烈な負の感情をぶつけられている子供に、何を言うべきか真剣に悩んだ。

結局、通してプレイすれば5時間程度のゲームだと思うのだが、私はクリアまで3週間を要した。
終わったときには、子供と心を通わせることができて安堵した。攻略した、という感覚は皆無であった。そして、それこそが本作の素晴らしい点だった。
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私は、ゲームとは非現実への旅だと思っている.
爽快感を感じる、好奇心を満たす、架空のアイドルを応援する……どれも、ゲームの持つ可能性であり、非現実の旅だ。
『マイ・チャイルド・レーベンスボルン』をプレイして、普段あり得ない状況に悩むことだって、ゲームの持つ可能性の1つだし、それが人生を豊かにすると思っている。

「ナチスドイツの残した、悲惨な歴史を知ろう!」なんて、行儀の良いことは言わない。
自分には計り知れない歴史をバックグラウンドにもつ子供と、真剣に向き合って悩む、そんな体験をすることは人生においてまずない。
それが真に迫る迫力で体験できるのが『マイ・チャイルド・レーベンスボルン』で、このゲームを試すことはあなたに何かしらの心の変化をもたらすと思う。
それを体験するための360円(アンネの日記の文庫より安い!)は、安いものだと思う。

概要:
レーベンズボルンで生まれた児童が受けた差別に、里親の立場で向き合うゲーム。

評価:8(かなり面白い)

おすすめポイント
現実にあった事件について学べる
子供と触れあい、複雑な背景を考え、向き合う体験

気になるポイント
ゲームとして重い

アプリDL:
マイ・チャイルド・レーベンスボルン (itunes 360円 iPhone/iPad対応 / GooglePlay)

開発:Sarepta Studio AS(ノルウェー)
HP:http://www.mychildlebensborn.com/
レビュー時バージョン:1.3.102
課金:なし

ライター:ゲームキャスト トシ